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 ・竹中采女正重義(重興)
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 竹中采女正重義(重興) −長崎奉行−
[たけなかうねめのかみしげよし]
1629年(寛永6年)〜1633年長崎奉行を務める。戦国時代には美濃の斉藤道三につかえ2万石の豊後府内藩主であった竹中が、大掛かりなキリシタン撲滅の命を受けて500人ほどの家臣を連れて着任、すさまじいキリシタン迫害を行った。キリシタンの墓暴き、雲仙責め、鋸引きのほか、さまざまな拷問を考案、硫黄・硝石を入れた大がまで信者を煮たという記録も残る。性格的にもその残忍さを知られる。竹中から女を奪われた三郎右衛門という男が、江戸奉行に訴状を出したことから竹中の悪政が明るみに出て子の源三郎とともに江戸浅草海禅寺で切腹、所領2万石も没収され、歴代長崎奉行でただ一人切腹を命じられた人物。これにより長崎奉行は従来の一人役(制)から二人役(制)となった。
竹中長崎奉行時代:1631年奉書船制度開始、唐船輸入の生糸もこの法制下に。


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